日本で西洋画が始まったころ

東京国立博物館平成館で、特別展「生誕150年黒田清輝-日本近代絵画の巨匠」が開催されています。
 会期:2016年3月23日---5月15日
 会場:東京国立博物館平成館 東京都台東区上野公園13-9

 生誕150年黒田清輝

黒田清輝は明治中期に日本の美術制度の改革に尽力した画家です。
1884年(明治)に法律を学ぶために渡仏しましたが、当時日本はフランス法に基づいた民法制定の流れがあったものの、プロイセン憲法に準拠することになってしまい、当時すでにパリで絵画を学んでいた山本芳翠や美術商の林忠正などの勧めもあって洋画家を志すようになり、ラファエル・コランに師事し、1891年にはフランスの公募展に『読書』が入賞し、1893年に帰国後、洋画美術界の底上げに取り組むようになります。

19世紀のフランスはフランス革命の中で大きな社会変動があった時期で、社会の意識変化に伴って、その前半には古典への回帰の新古典主義や浪漫主義が起こり、過去の様式が復活し混在します。建築で見れば、新古典様式のエトワール凱旋門(1806-1836年)、マドレーヌ寺院(1806-1846年)、ネオ・ゴシック様式のノートルダム寺院やローザンヌ寺院の復旧、ネオ・バロック様式のオペラ座(1861-1874年)等が挙げられます。絵画でも同様に新古典主義、浪漫主義が現れますが、近代社会に移行するに従って、自然主義・写実主義の流れが生まれ、後半にはさらに印象派の隆盛が始まり本流となりつつも、印象派といっても個別に見れば多様ですし、また一方ではそれとは一線を画した象徴主義の潮流も生まれ、公共建築の内部装飾で筆を振るったピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ(Pierre Puvis de Chavannes, 1824-1898)、幻想的な色彩を展開したギュスターヴ・モロー(Gustave Moreau, 1826-1898)、神秘的な絵を描いたオディロン・ルドン(Odilon Redon, 1840-1916)等が活躍します。さらに一方では、オリエント趣味のジャポニスムが流行る、という具合で、こうした新旧てんこ盛り状態の中で一口に『西洋画』を学ぶといっても、これはなかなかと選択肢が広い。

日本の洋画風絵画は江戸鎖国時代に長崎出島から輸入されたガラス絵などの影響をうけて18世紀末ごろから現れて、日本製ガラス絵が描かれていますが、本格的な西洋画へのアプローチが始まったのは、開国の幕末から明治にかけての時代です。西洋画を見様見まねで真似る者、官立の画学校で学ぶ者、絵心のある在留外国人に学ぶ者、少数派ながら海外で学ぶ者、アプローチの方法は様々ながら、こうして日本で西洋文明のあつれきに翻弄されつつ西洋画というジャンルが誕生します。

黒田清輝が師事したラファエル・コランは当時のフランスの旧体質派のフランスアカデミー系の画家で、隆盛しつつあった印象派ではありませんが、彩色等は印象派の流れを取り入れていたようで、見方によっては19世紀後半のフランスにあっては、画家としては多かれ少なかれ中途半端な立ち位置であったと言えるかも知れません。

万博がらみでフランスへ渡り絵画を学んでいた山本芳翠が帰国し、さらに黒田清輝が帰国して西洋風が加速するにしたがって、日本に専業業種としての額縁屋さんが誕生します。
江戸鎖国時代にもガラス絵ともに付属して輸入された額縁を模して、すでに日本国内で額縁モドキが作られていたようですが、西洋画に本格的に対応した額縁作りが始まったのは明治になってからと言えそうです。
明治に始まった額縁屋さんの額縁作りは稚拙なものから次第に高度化してゆくのですが、四隅はもとより全体に花草模様が施されて盛り上がった様な金色の豪華装飾の額縁が本場フランスに存在するすることが明らかになってくると、それらは17世紀のフランスの当時の建築装飾様式に合わせて作られた額縁ながら、これぞ本格西洋額縁だとして模倣するようになって、文化の流れを飛び越して時代を逆行するように独り歩きが始まってしまった感が拭えません。
歴史の推移を見れば、額縁の意匠は時代とともにシンプルな方向に歩んでいます。

当時フランスで隆盛しつつあった印象派の画家は、画家個々で見れば多様ながら、概ね誠にシンプルな額縁を好んでいたようで、絵画を入れる装飾品というより作品の延長のように考えていた様でもあって、残念ながら当時の額縁がそのまま残っているのはまれで、実際に画商経由で売られるとなると当時の世相を反映してかゴテゴテと派手な額縁になったり、あるいは持ち主が変わって重々しい額縁がつけられたりして、巡り巡ってそれらを美術館が購入すると作品制作当時の額縁とは異なると承知していても、一般的にはそのセットのまま展示してしまうので、それを観覧する側はその異種の組合せで見ることになってしまいます。

西洋文明に翻弄されながら始まった日本の西洋絵画、別な言い方をすれば、西洋に倣えの西洋偏重時代の美術の在り方は、さてさてどんなものであったのか、現代の眼で改めて俯瞰してみると面白そうです。
お時間のある方はお出かけください。

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