江戸のガーデニング

花の開花を楽しむ、例えば、「・・・花博」とか「・・・花園」に出かけるというのが現代ではポピュラーなレジャーという感じで、ガーデニングも人気があるようですが、150年前の江戸でも似たような状況だったらしく、その様子が版画などに残っています。江戸時代後期の園芸レベルは世界的にもなかなかのものだったようで、イギリスのロバート・フォーチュンの本に、その頃の江戸の様子が記述されています。
こうした江戸の園芸にスポットをあてた展覧会「花開く江戸の園芸」が江戸東京博物館で始まります。
会期:2013年7月30日---9月1日
  http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/exhibition/special/2013/07/index.html
※江戸東京博物館は、2013年3月28日で開館20周年で、それを記念して『「花開く 江戸の園芸」展では、会期中、年齢を証明できるものをご提示いただいた20歳の方(1992年7月1日~1994年4月1日生まれの方)は、20円で「花開く 江戸の園芸」展と常設展の両方をご覧いただけます。20歳の記念に江戸東京博物館をまるごとお楽しみください! 』ということだそうです。

ロバート・フォーチュンはイギリスの植物学者で、プラントハンターとして、政府の仕事で中国から植物をヨーロッパにもたらし、また、東インド会社の仕事では中国の茶樹をインドへ移入し、インドの茶産業に寄与した人です。
海外の資源・産物を積極的に自国に取り込んで行くという姿勢は、さすがヨーロッパ列強国という感じです。
フォーチュンは横浜開港の翌年の1860年10月~12月と1861年4月~8月の2回来日し、主に関東地域の農作物・草花・樹・物産について調べ、様々な植物を買い入れて本国に送っています。1863年に旅行記「YEDO AND PEKING. A NARRATIVE OF A JOURNEY TO THE CAPITALS Of JAPAN AND CHINA. 」を出版しています。全402ページの内、日本関連は304ページまで。(※原文では、横浜=Yokuhama 江戸=Yedo)
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旅行記の記事ピックアップをしてみます。
◎『驚くべきことに、江戸の郊外には、植物を販売用に栽培している農園(植木屋)がいくつもある。江戸の良識ある人々は、高度な文明国の人々がそうであるように花を好むので、必然的にその需要も大きい。主要な農園は北東部の団子坂・王子・染井にある。江戸に来た主目的のひとつは、こうした場所を調べることであったので、早速に訪問した。』(※原文では、 団子坂=Dang-o-zaka 王子=Ogee  染井=Su-mae-yah)
◎『・・・魅惑的な団子坂の町についた。この素敵な場所は、両端を樹木に覆われた丘の谷間にあって、いくつもの庭・釣堀・茶屋が谷間や丘の中腹にある。大きな茶屋の庭の釣堀には何種類もの魚がおり、普通にミミズを餌にして多くの人が釣りを楽しんでいた。この庭で最も興味深いものは、菊の花で作られた女性人形達だった。数千の花で造られたこれらの美しい人形は、休憩所から出てくるお客をしばしば驚かせていた。評判の梅林は園内の至る所にあり、小さな池や築山の島が景観を豊かにしていた。』
◎『公園の様な風景、木々や庭園、生垣が広がる染井村に到着した。この地域一帯は種苗農園地域で、それぞれの農園をつなぐ一本のまっすぐな道が1.6km以上も続いている。私はこれまで、販売用に栽培されているこのような膨大な数の植物を、世界のいかなる場所でも見たことがない。それぞれの農園は3~4エーカーを占め、鉢植えや路地植えの数千の植物があり、よく管理されている。』
◎初回の来日の折、長崎の港を世界有数の美しい港と称賛し、横浜についても一帯の景観の美しさを記述にとどめています。来日した年代の横浜の外人居留地は山下居留地、現在の山下町ですが、当時の横浜は元々小さな漁村で、今と違って自然の景観が一帯に残る土地だったと想像されます。2回目の来日でも江戸について、『ヨーロッパのロンドンやパリなどの主要都市と比較することはできないものの、それでも江戸は素晴らしい都市で、外国の人間には刺激的で、深い堀や植物に囲まれた宮殿、広い通り、そして美しい入江、さらに郊外の樹木に覆われた丘、美しい渓谷、常緑樹の生垣などの景観は世界のどの都市も及ばない』と書いています。
この頃の横浜近辺の写真のコレクションが横浜開港資料館にあります。
 ⇒ http://www.kaikou.city.yokohama.jp/document/picture/03.html
◎横浜の外人居留地の本屋では江戸のガイドブックやら地図が売られていたそうで、絶好のイラスト入り江戸ガイドブックを見かけることがあった、とあるのですが、『描画技術は自分たちより下手だ』と書いていて、これはどうもいただけない話です。本屋の向かいにはペットショップがあった、と書いています。
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プラントハンターと言っても、未開の土地で野生種などを探すという方法ではなく、日本の様に園芸技術の進んでいた国では、農家から買い付けるという方が効率的で、フォーチュンはその方法を取っています。旅行記に出てくる農作物・草花・樹木等は40種を超えており、絹・漆・昆虫の話も出てくるので、収集は広範囲にわたっていた筈です。

幕末~明治にかけて、日本は西洋文明に傾倒してしまった感がありますが、日本の文化もなかなかのものなのです。

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