絵具の今昔_2015年春

絵具に使われる顔料、顔料というのは微粒の着色材料のことなのですが、近頃では円安やらヨーロッパメーカーの生産事情やらで、その価格の高騰が顕著のようで、絵具メーカーとしての選択肢は、採算が合うように価格を改定するか、あるいは価格改定しても高価に成り過ぎて売れないならば廃番とするか、ということになります。

昨年2014年末ホルベイン工業の専門家向けグレードの絵具で大幅な価格改定があったものは緑系の「ビリジャン」と赤系の「バーミリオン」で、ともに伝統的に使われてきた色味です。

絵を描くための色材の歴史は、紀元前の遙か古代に始まっています。
紀元前2万年頃は、黒色は燃えかすの炭、また有色のものとしては特別な技術がなくても採取でき得る地中の土系顔料の白亜・緑土・オーカー・アンバーというものでした。
紀元前2000~1000年頃の青銅器時代は、新たに鉱物系顔料の辰砂(赤系)・けい冠石(オレンジ系)・アズライト(青系)・オービメント(黄系)・マラカイト(緑系)、また人造無機顔料として現代でもお馴染みの鉛白が登場し、さらにインジゴ・エゾバイ貝から作られるチリアンパープル(古代紫)・銅板を腐食させて作られるベルデグリ(緑系)も使われたと言われます。
13~15世紀は、ガラス産業や染色産業の発達に伴って色数が増えるとともに、技術の進展で天然辰砂の粉砕物より鮮やかなバーミリオンやウルトラマリンが登場します。
19世紀頃から化学技術の進展によって、クロム系顔料が誕生し色材は拡大し、1838年にビリジャンが登場します。
色材は不安定なものは自然淘汰され現代に到っているので、残っている色材は残るべきして残ったということが言えそうです。

ビリジャンは緑系の中で堅牢性がトップレベルで希酸・希アルカリ・光に耐久性があり、又透明性が高く、着色力に優れ、どのメディウムとの混合にも問題がなく、色味も特徴的で広く世界的に受け入れられた顔料です。
バーミリオンは古くは天然の辰砂を粉砕した物が使われ、ポンペイやローマの壁画にも認められていますが、14世紀前後には人工的に作られるようになったようで、天然辰砂と人工バーミリオンは化学的物理的に同一のもので、15世紀のイタリアの画家達が使用したのは人工のバーミリオンであったと言われ、以来西洋中世時代には比類のない鮮やかな朱色として青や緑と対比するように使われています。

絵具メーカーは技術の進歩に合わせ、逐次、絵具の組成を見直して製品の品質向上を努めていますが、さてさて、伝統的に使われてきた色味が、今後どのように歩んで行くのか気になるところです。

絵具はどれも同じと思われている方も少なくないと思いますが、「顔料の比率」「顔料のタイプ」「絵具の練」「顔料の構成数」「絵具の添加物」等々によって絵具の質が異なってきます。例えば「顔料の構成数」という切り口で見た時、絵具の作り方は大きく分けて2つ方法があって、ひとつは固有色を持った1種類(場合により2種類)の顔料を使う方法、他ひとつはある色を出すために複数の顔料を混合する方法で、後者の方が相対的に安価ですが、両者の違いは特に絵具を薄めたり、他の色と混色したりしたときに現れます。普及タイプの油絵具や水彩絵具、また安価なアクリル絵具などは後者のタイプです。

絵具の値上がりとかラインナップの変更というのは、絵具の発色とか色味というものに改めて目を向けてみる良い機会かもしれません。


### インフォメーション  ###
ホルベイン工業の「ビリジャン」「バーミリオン」についての対応は以下の通りです。
>>> ビリジャン
・専門家用油絵具、専門家用水彩絵具では価格改定を行って供給を継続。
・ガッシュでは「廃番」として、代替色を発売。
・高品質油絵具「ヴェルネ」「油一」では、価格変更せず現在庫終了時に価格改定及び代替色を検討。
>>> バーミリオン
・専門家用油絵具では価格改定を行って供給を継続。
・専門家用水彩絵具2号、5号の価格は据え置き、供給継続。
・高品質油絵具「ヴェルネ」「油一」では、価格変更せず現在庫終了時に価格改定及び代替色を検討。

コメント