色材_その系譜1


現代では絵具の色は迷うほど沢山あるので、絵を描くとしてもさほど困ることはありませんが、さてさて、昔の人、さらにもっと昔の古代の人たちは、色の選択肢をどのくらい持っていたのでしょうか。
「顔料」という観点からその流れを大雑把に眺めてみます。

◇◇~紀元前2000年◇◇
*特別の加工技術を必要としない身近な顔料利用の時代*
・白=堆積物白亜、
・黒=木などの燃えた炭
・黄系=黄土〈イエローオーカー〉(地中の土)
・緑系=緑土〈テールベルト〉(地中の土)
・茶系=アンバー(地中の土)

◇◇紀元前2000~1000年(エジプト古王朝時代)◇◇
*加工(粉砕や腐食)を必要とする鉱物顔料・人工顔料の登場した時代*
・赤、オレンジ、青、黄、緑=鉱物
・鉛白
・青系=エジプトブルー(ブルーフリット)
・黄系=マシコット

◇◇紀元前400~100年頃◇◇
*加工を必要とする新しい顔料の登場した時代*
・青系=インディゴ
・紫系=チリアンパープル
・緑系=ベルデグリ

◇◇13世紀~14世紀◇◇
*化学技術の発達で色数が大幅に増加した時代《ガラス産業や染色産業の発達》*
・黄系=鉛スズ系イエロー
・赤系=有機顔料(赤系のマダー、他)、新製法のバーミリオン
・青系=新製法のウルトラマリン

◇◇18世紀◇◇
青系=プルシャンブルー〈北斎の浮世絵にも使用されたブルーです〉
黄系=ネープルスイエロー

◇◇19世紀◇◇
*さらなる化学技術の発達で色数が大幅に増加した時代*
《クロム系顔料、コールタール系レーキ顔料の出現》
・黄系=クロムイエロー、カドミウムイエロー、コバルトイエロー、バリウムイエロー、ストロンチウムイエローなど10色前後
・青系=コバルトブルー、人工ウルトラマリン
・緑系=ビリジャン
・紫系=モーブ(最初のコールタール系色)

さて、「黄色」に限定してもう少し掘り下げて見ます。
Θ古くから利用されていた「黄土」は土から取れる最も身近な顔料で、色味は少し鈍い黄色です。
Θエジプト古王朝時代に登場する鉱物の黄色は「オーピメント」で、天然に産出しており、これを粉砕して粉にして水を加えてペーストにすると使用できるので、これも身近な黄色です。純粋なものは輝きのある「レモンイエロー」色を呈する様ですが、ヒ素の硫化物なので毒性があります。
Θ「マシコット」及び同種の「リサージ」は一酸化鉛で、エジプトの遺跡で確認されている他に、後世の15~17世紀のオランダ・フランドルの作品に確認されたという研究もあるようですが、顔料としての使用だったのかどうかはっきりしません。メディウムの乾燥促進剤としての利用だったとも考えられます。いずれにしても色味は不明。13世紀~14世紀に登場する黄色は、鉛スズ系の黄色で、1940年に再発見されてその存在が明らかになったというもので、これまた実態がはっきりせず、色味も不明。
Θその後新しい黄色はしばらく出現せず、18世紀になって登場したのが「ネープルスイエロー」です。基本的にはアンチモン酸鉛で、18世紀中頃にその製造処方が文献的に登場し、鉛スズ系の黄色に取って代わります。ただ、アンチモンと鉛の化合物は古くから陶器用に使われており、絵画用途でも17世紀初め、ルーベンスの時代には一部で使われていたという説もあります。現在売られている同名の絵具は成分が異なるもので、当時の色味は不明。
Θ19世紀になって、一気に絵具の色数が増えて、絵具は自分で練って作る時代から既製品を買う時代に移行しました。黄系顔料の拡大は、青系顔料との組み合わせで緑系の範囲が拡大されました。

色材の歴史は、産業や工業の発達という社会の進展に沿ってその選択肢が増えてきて、同時に自然淘汰の中で選別されて行きます。色の選択というのは自由なようで、反面その時代の制約を受けていて、色材の歴史は同時に社会技術経済史ということになりそうです。

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